【お知らせ】持病に関する報告と今後の更新について

 こんばんは。結論から言います。

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 EDになったっぽいです…(ペレのEDのネタ分かる世代はこのブログ読んでねえだろ)

 

何があったの?

 まぁいつもの如くお風呂屋さんに行ってた訳なんですが、どういうわけか本番を前にするとエレクトロンしなくなったんですよね 結局2万円をドブに捨ててしまいました

 

 思えば、前回の飛田新地レポの時にも書いたんですが、どうも僕には本番を前にすると頭は戦意に満ち溢れてても身体にやる気がないってことが多いような気がするんです

(前回のレポはこちら)

hyper-shioki-bonus.hatenablog.com

 まぁこれは間違いなくEDだろうと、そう確信しました 

 

今後の更新について

 もう風俗レポはしないと思います(悲しい気持ちになるので) これだけのために読んでくれてた人には申し訳ないです その代わり何か別のことをやっていこうと思います

【お知らせ】「異世界終末宣言を読もう」休止します

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マジでごめんなさい。何書くかは思い付くのに、それを書く気がパッタリ消えました

 

理由

 例の駄文読んで彼の思考を理解する作業をやってたんですが、その中で繰り返し「文章とは自分の思考をフィードバックしたものでなければならない」ってのが叫ばれてました

 

 とすると、あの自己顕示欲と怒りにまみれた文章も彼の苦悩(何で家族に怒られ社会から冷ややかな目で見られなきゃいけないんだっていう)をフィードバックしたものに間違いなく、それを部外者の私がどうこう直すのはナンセンスだと思ったんです。

 

 今自分がやってることって彼の思考の根本を削る行為であって、それによって例え読みやすい文章ができても、それは彼の言う「文化的創作活動」には当たらないし、彼のためになっていないと思いました(もちろん彼から見て全く無価値な文章になるでしょう)

 

今後

 でも流石に終わらせないのもアレなので今後は暇な時に体調とメンタルを崩さない程度にやっていって、完成したらWordファイルかなんかにまとめます(ブログでこのネタをやることはもうないと思います)

 

最後に

 これは最終回で彼のために言おうとしてたんですが

 

 自分にしか書けない作品を作る」ことと、「人に読みやすい文章を書く」ことは両立できます、絶対に。

 

 自分が考えた文章を原稿用紙に書き殴って小説家になろうに投稿する前に、自分の使った単語が本当に存在する単語なのか、辞書を開いて調べてみて下さい。(辞書を読み物と豪語するあなたならできるはずです。)

 

 もし自分が書きたいように書きたい、読者に伝わらないのは受け取る側の問題、自分の思いを分かってくれる人だけに読んでほしい、でも自分の作品は有名になってほしい(ましてやアニメ化されてほしい)なんて考えてるようだったら

 

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 理想を抱いたまま溺死してください。

 

 僕からは以上です

 

読書の秋だ!「異世界終末宣言」を読もうのコーナー④後編

書き直してみよう

 今回は自分語りの部分を全カットして少し並び替えただけなのであんまり変わらないと思います 字数は3300→2200文字に減りました

 

 

 まず、「主人公はいかなる場合においても正義である」という価値観について考えてみよう。これは、「物語の中の世界の住人が、皆主人公を道徳の見本としている」ともいえる。

 

 話を分かりやすくするために、よくある異世界もの作品の話の流れの一例を挙げてみよう。

 

 主人公は、ひょんな事故から西洋風の異世界に転生し、そこで自分に秘められた魔法の力に目覚める。そして冒険をすることになった主人公は、様々な人物に出会い、各地で問題を解決し、人々に称賛され、やがてヒロインと恋に落ちていく。物語の中で主人公の行動は根本的に非難されることはなく、例え初めは疑われても、後に称賛に変わることが殆どである。

 

 では、このような異世界もの特有の価値観は何故読者に受け入れられたのだろうか。それは、「シュ旨」でも述べたように、社会から「あれをしろ、これをしてはならない」といった倫理観をあらゆる手段で叩き込まれ、プレッシャーに感じている多感な少年少女たちにとって、異世界もの特有の「自分の行動を全て道徳的に称賛してくれる」といった新たな価値観が、既存の価値観によるストレスのはけ口として機能しているからであると考えられる。

 

 ここでもう1つ質問をしてみよう。これらの異世界もの作品を作っているのは誰だろうか? 2020年現在、これらの作品を作り出す担い手の多くは、1990年~2010年代のポップカルチャーサブカルチャーといった文化に触れ、育ってきた人々である。そのような人々によって作られた作品は、おのずとそれらの文化を(程度の違いはあれど)反映したものになり、特に駆け出し作家においては顕著に作品に自らの嗜好が投影される。登場するヒロインが皆所謂「美少女系キャラ」である、有名作品のパロディーを含んでいるといった特徴は、まさにそのことを示していると言ってもいいだろう。

 

 しかし、それは結果として「ジャンルの閉鎖化」に繋がってしまう。作品の傾向がサブカルチャー寄りなのだから、読者もサブカルチャーを好む層に固定化されるのは当然であろう。

 

 また、これらの作者が引き起こすもう1つの問題点がある。それは、「世界観の固定化」である。新たな世界観を作るためには、それに関する膨大な量の専門的なデータとにらめっこしながら、それを作品のプロットに落とし込むという作業が必要になる。この作業を彼らが嫌った結果、おのずと「剣と魔法の西洋風ファンタジー」のようなありきたりな世界観のもと、話を構築する他無くなったのである。

 

 では、このような異世界ものの作品は、今後も社会からのプレッシャーに苦しむ少年少女の心を救済する立場として存続していくべきであろうか。答えはノーである。むしろ、多少乱暴な言い方にはなるが、現状の異世界作品には1冊700円も出して買う、ましてやそれがミリオンセラーになるような価値など全くもって無いと私は考えている。

 

 何故なら、小説に限らず、あらゆる作品はそれ自身が学問的・啓蒙的価値をもち、なおかつ作者自身の自己表現の手段である必要があるからである。今まで、創作に携わる人々は、様々な手法を用いて何かを表現しようとしてきた。そして、それの積み重ねが文化である。これは現代でも変わらない。故に、あらゆる作品は、その媒体が何であれ、その作品の中に作者の何らかの意図や目的を含んでいなければならない。

 

 昨今の異世界作品ではどうだろうか。世界観や価値観が固定されているのは先述の通りだが、その内容に関してもほぼ共通であるといえる。

 

 まず、タイトルである。「最弱」「最強」、あるいはずばり「異世界」といった長く、説明的なものがいかに多いか。タイトルとは、「作者がその作品に対してどのような思いを持っているか」を読者に知らしめるものでなければならない。故に、このような他人の目に媚びへつらうものであってはならない。

 

 次に、「主人公が世界に影響をもたらす力を持っている」という点である。主人公の潜在的な能力やその場の機転を見せる描写よりも、「その強力すぎる能力をひけらかす」描写の方が多いが故に、他のキャラクターの個性が際立たないどころか、主人公そのものの個性すら失われることも多々ある。主人公の個性に関連して、「与えられた能力をあえて使わない」というよく見られる描写も、読者にとっては主人公への感情移入を阻害してしまう。主人公の個性に人間味が無い、すなわち現実の人間の価値判断からかけ離れているからである。

 

 このように、現代の異世界作品の読者は、主人公を含めたキャラクターの個性を掴むことも無く、ただただ何となく決められた流れに沿って進行していくストーリーをいつまでも読まされることになってしまう。もはやそのような状態の作品に、作者の意図や目的が介在する余地があるといえるのだろうか。

 

 以上のことから、異世界作品が文化たりうるためには、タイトルや主人公の個性、そして世界観や価値観のテンプレート化をやめ、表現の稚拙の差はあるといえ、せめて作者自身が自らの境遇や体験、そして思想を反映した独自の手法で文章を書いていく必要があると私は考える。

 

 序論でも述べた通り、異世界の存在価値とは何者にも縛られない、壮大で自由な世界観である。故に、「異世界といえば、レンガ造りの中世の街並みに、剣と魔法があって…」という固定観念を持つのは、まったくもってナンセンスなことである。

 

真面目な解説

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 前回同様、段落全体の流れを以下のように組み立てました

・導入(主人公が道徳の中心である)

・導入の具体例(その価値観が異世界もののストーリーに強く反映されている)

・仮説(異世界は少年少女のストレスのはけ口)

・もう1つの質問と仮説(ラノベサブカルに触れた人が作る)

・これらの仮説から導き出される問題点(閉鎖化と固定化)

・問題点を踏まえた筆者の意見(異世界に価値は無い)

・その意見を唱える理由(異世界がテンプレだから)

・結論、すなわち問題の解決方法(自己表現をもっと行うべきだ)

・まとめ(異世界は本来自由だ)

 

 前回より多少複雑ですが、「問い(導入)→解説(背景情報や理由)→答え(結論)」という流れは変わっていないと思います 

 

 

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  あと、「閉鎖的」みたいな単語を文脈の中で突然出されても理解が難しいので、やはり具体例を効果的に使えると誰が読んでも分かりやすい文章になると思います

 

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 文章を書く時に感情的になるのはやめましょう。「社会という巨大な組織の工作員である親・きょうだい」とか「ラノベに価値が無い」の下りでの「一部の賢明な日本人なら気付かなければならない」とか、文章から怒りが滲み出ていて読む気が無くなってしまいます 何かあったの?

 

要約してみよう

 何故異世界作品で主人公は絶対に正義なのか。それは、社会に抑圧された少年少女の心を救済するためなのかもしれない。しかし、作者たちの怠惰により、その読者層は固定され、世界観・倫理観はテンプレート化されてしまった。創作の価値が自己表現にあるならば、テンプレート化されたそれは全くもって無価値であり、作者が自らの手法で自由な表現をすることが異世界文化存続のためには必要である。

 

 こんな感じですかね 先程の段落全体の流れを踏まえてまとめることができたと思います 何と原文1/18にまで減ってますね

 

次回予告

 3本目の「戦う手段としての剣がある、という自足」をやっていきます 全文が13000文字で今大体5000文字弱なんでまだ今までの倍以上あります たすけて かゆ うま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読書の秋だ!「異世界終末宣言」を読もうのコーナー④前編

 僕は何でこんなことをレポート書く時間削ってまでやってるんでしょうか

 

主人公が何ものにおいても正義、という絶対悪

 今回もテキスト(https://ncode.syosetu.com/n1493fy/2/)(https://hyper-shioki-bonus.hatenablog.com/entry/2011/01/01/000000)を貼っておきますが、あまりに長いので、内容の把握のために段落ごとに要約したものを載せようと思います 

 興味がある方はぜひ原文を読んで「気分を害されたならNo Goodのうえツバでも吐きかけてもらって結構である」「こほん、ええ。」「これらの理由により、異世界終末宣言第1部分は完全に成された。」といったバカ寒い自己陶酔の数々を見てやってください 

 

異世界は既存の文学とは全くもって別のジャンルである

・創作作品は、作者の自己表現の手段でなければならない(作者の意図・目的が介在していなければならない)

・私や友人は、創作人として昨今のサブカルチャーのトレンドを心配している。しかし、そのようなライトノベルと一般の小説を完全に分けることができるであろうか?

異世界ブームの理由「その世界では主人公を道徳的規範としているから」について考察しようと思う(趣旨①参照)

異世界作品のテンプレ的進行の例。私はこのような進行にうんざりしている

・今の異世界作品はサブカルチャーに触れた世代によって生み出されている。故に作者自身の嗜好(すなわちサブカルチャー)が作品に反映されやすく、閉鎖的になりがちである また、専門的知識を学んで世界観を構築するより既存の(ありきたりな)世界観を用いた方が楽である

・現代の少年少女は社会からの「こうあるべき」という道徳的理想に押しつぶされそうになっている

異世界ものはそのような若い世代のフラストレーションのはけ口となっているのではないか

 

・しかし、そのような異世界ものがそのような役割を果たすべきではない。これらの作品は、作者本人の妄想を書いただけなので、それらに価値は無いと考える

・タイトルは自分の作品の重要性を示す。故に、テンプレ、説明口調であってはならない

・主人公が強すぎて(しかもそれを誇張するせいで)他のキャラクターが死んでいる また、主人公の判断も人間味が無く、感情移入しづらい

・「異世界と言えば」というテンプレではなく、作者本人の考えが反映された作品を作るべきだ。異世界とは本来自由なものであったのに、それがテンプレによって固定化されているのは本末転倒だ

 

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 この場合、異世界のルールを元の世界の将棋というルールに当てはめるという、主人公の優位性(異世界の人間は知らない将棋を自分は知っている)をひけらかしたので視聴者全員がバカ冷めたんだと思います

 

問題点

 実はこの章、(無駄に自分の交友関係を語ってたり自己陶酔が激しい以外は)自分が読んでみる限り問題点はあまり無いんです 作者の意見も何兆回と指摘されてるラノベ批判であることを除けば比較的論理的に書かれているのではないかと思います

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 まぁ前回からずっと言ってるように、段落構成があっち行ったりこっち行ったりしてるのはどうかと思いましたが、前回までの2回を読んでくれた人ならもう原文から感じる違和感に気付いてくれると思ってます 

 

書き直してみよう

 長いので後編に分けます

 

 

 

 

 

 

読書の秋だ!「異世界終末宣言」を読もうのコーナー③

 時間が無いので巻きで行きます

 

シュ旨

 今回もテキスト(https://ncode.syosetu.com/n1493fy/1/) (https://hyper-shioki-bonus.hatenablog.com/entry/2011/01/01/000000)を開いて読んで下さい 読みたくないって? 読むんだよ

 ピンクがいらない部分、が不適切な部分です

 

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 これでもサッカリンもびっくりなくらい大甘採点です 詳しくやってる時間は無いんじゃ

問題点

 全部って言いたい所ですが重要なところだけ

・文章の流れがメチャクチャ

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 せっかく1文目に良い質問「何故異世界は流行したか?」があって最終文に「こういう理由で流行った」っていう完璧な流れができてるのに、そこに至るまでがもうメチャクチャで理解に時間がかかりました

 

・「細かな考察はこの際はぶく。」…じゃあお前が書いてるその文章は何だ。これってそれ(異世界って何)を考察する文章じゃなかったんすか その後の説明が考察を省いた理由になってないのも気になる

 

・自分を卑下する表現が多い…誰もお前の自己批判なんて求めてない。悲しいかな、これ全文最後までこの流れで行ってるので自己批判してる所全部カットすると文章の半分消えるんですよね… 自分がダメな作家だと落ち込む前にまず自分の文章を見直してください

 

・人の作品に平気で「無価値」とか言っちゃうモラルの無さ…こればっかりは本人の倫理観の問題なのでどうしようもないです

 

書き直してみよう

 今回も原文の情報を損なわないようにして、特にピンクで示した自分を卑下する表現をバッサリ落とすとこんな感じになりました

 

 本題に入る前に、1つ質問をしてみよう。それは、「なぜこの10年にも満たないわずかな期間のうちに、特にライトノベルを中心として異世界ものというジャンルの勢力は拡大したのか」である。

 

 異世界とは、人間の思考の「外側」の世界であるといえる。何故なら、私たちはその世界について詳細に語ったり、日常の中に見出したり、ましてや自ら体験することはありえないからである。(これは私たちの日常の中に魔法やドラゴンが存在しないことからも当然であるといえる。)

 

 ライトノベルに限らず、小説・アニメ・ドラマ・映画といったあらゆる創作作品もまた、私たちの「外側」の世界を描いたものである。そして、これらは「内側」の世界の住人である私たちにとっては本来不要なもののはずである。しかし、私たちの営む文化とは、そのような不要な「外側」の世界を、それを見たり読んだりする他者に見せる行為のことであり、この行為は他者の存在無くしては為され得ないのである。

 

 初めの問に対し、私はこのように考える。それは、既存の価値観、すなわち「内側」の世界の価値観に縛られた私たちに対し、異世界という「外側」の存在が、

・主人公はいかなる場合においても正義である

・戦う手段としての剣がある

・たやすく人が死ぬ

 という新たな価値観を提示したからである。

 

 本論では、これら3つの特徴について1つずつその問題点を考察していこうと思うが、その前に手前味噌で申し訳ないが、私の執筆中の小説から今後の考察に関連するある一文を紹介させて頂きたい。

「人の死、以上に、人を感動させるものがあると思うか?」

 

真面目な解説

 まず、「段落全体の流れに沿った順序で論を構築する」ということを行いました 

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 問題点でも述べましたが、「読者への問いかけ」と「問いかけへの答え」がせっかく用意されていたので、ここでは

・読者への問いかけ(異世界は何故流行ったか?)

・答えを導くための解説(外側と内側の話)

・問いかけへの答え(外側である異世界が内側の私たちには刺激的だった)

・次の論への接続(人の死より人を動かすものは無いという筆者の言葉)

 という順序に並べ替えました こうすることで読者が段落全体を見るだけで大体の内容が分かるようになりますね 

 

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  原文のように段落全体の流れを考えずに思い付いたことだけを書いていると、文章としての見た目も綺麗ではないし、伝えたいことの理解に手間が掛かって嫌ですね

 

 ちなみに外側と内側の話は原文には無かったのですが、「異世界は人間の頭の外側にある」って文章が本当に何の意味もなく宙ぶらりんになっていたのが気持ち悪かったので勝手に付け足して結論に繋げました てか宙ぶらりんの文章って何だよ 本文に関係ない情報はいっそ捨てるのも手段の1つです

 

 何度でも言いますが、文章の流れを明確にしないとあなたの意見は誰にも伝わりません

 人に意見を伝えたいなら、書きたいものだけを書いてるのは頭が固いんじゃなくてただのバカです(これ自分にも刺さるね)

 

 後細かい所だと、原文の「異世界を日々に着想し、世知のように悟る」っていう一見しただけだと意味が通りづらい文章は分かりやすい表現に変え、それでも「日常の中に異世界がある」というのはイメージしづらいので、「日常生活に魔法やドラゴンがいる」というように、具体例をさりげな~く使うと割と効果的に伝わると思いました

 

要約してみよう

 ようやく要約のコーナーです(激寒)外側・内側の話がそもそも要らんなと思ったので思い切ってカットしてみました

 

 何故異世界ものは流行したか。それは、異世界という私たちの「外側」の世界が、既存の価値観に縛られた「内側」の世界の私たちに、「主人公は常に正義」「剣が戦う手段」「たやすく人が死ぬ」という全く新しい、刺激的な価値観を与えたからであると私は考える。

 

 何と原文の1/8です これでも情報が殆ど減ってないってんだからやっぱり最初の文と最後の文をちゃんと組み立てるのは重要ですね

 

次回予告

 2本目の「主人公が何ものにおいても正義、という絶対悪」をやっていきます

 なんとこの章、3300文字あります もう既に頭が痛いですが頑張って格闘します

 

 

読書の秋だ!「異世界終末宣言」を読もうのコーナー②

 この企画だけ閲覧数が風俗レポの1/100とかなんでマジでモチベがありません(自己満企画だからしょうがないです)助けてください

 

序文

 まずはテキスト(https://ncode.syosetu.com/n1493fy/) (https://hyper-shioki-bonus.hatenablog.com/entry/2011/01/01/000000)を開いてすぐの目次の所にある、序文(らしきもの)を読んで下さい どこが問題かわかりますか? 僕は読んでていきなり頭抱えてしまいました

 

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 これだけの短い文章なのに、問題点にマーカー付けて横にメモ書く作業だけで15分かかって、原文がカラフルになってしまいました

 

問題点

 では、問題点を挙げていきましょう

・「アニメ・漫画・ラノベとしてのサブカルチュア」…単純に意味が分からん 全文読んだ後なので言いたいことはなんとなく分かるんだけど、文章の初っ端に自分で思い付いたキャッチコピーを置いても誰も理解してくれません(でも僕もたまにそういうことしたくなるので気を付けます)

 

・「過去」…いつだよ

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 この文章の読者は2020年にこれを読んでるかもしれないし、もしかしたら2100年に読んでるかもしれません 彼らがこういう表現を見た時にパッて「ああ、あの頃だな」って分かるんでしょうか 

 文脈的に「ちょっと前に異世界ものが出てきた」ってことを言いたそうなので、実際にそういうのが出てきた年代を書いておくと分かりやすいです ちなみに僕はその表現を書くためにわざわざ異世界ものの歴史を調べました えらいっ

 

・「壮と大胆にして」…聞いた事ねえよ なんか引っかかるんだよねこういう表現(一発で変換できないし同じような使い方してる例文あんまり無いし)知ってる言葉使いたいのは分かるけどそれで読者に違和感与えたら本末転倒でんがな

 

・「これまで~嗜好を」…日本人全員が学園もの好きってことですか? これも割とやりがちなんですよね(特に書く時に感情的になってると)

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 「塗り固められた」って表現も割と怪しい表現で、なんとなく攻撃的というか「日本のオタクなんて皆そういうの好きやろ」って取られかねないと思いますね 日本にはそれ以外のジャンルの作品もちゃんとあります

 あと「ニッポン人」って表現も引っかかりますね その後の文章読む限り特に意図もなさそうなのでわざわざカタカナで言い換える必要もないかと

 

・「そんな前提から」…どんな前提だよ 何が前提になっているのかが示されてないのでわかりにくいです 背景情報を示すなどして序論に繋げましょう

 

・「というか」…論述文に口語は無いでしょ。 叙論文(叙述文のことかな?そんな言葉はありません)であることを明記してある以上、文語を使うのが道理ってもんです 僕のブログは特にそういうのはないです

 

 

 とまぁたかだか300文字の文章にここまで突っ込んでたら本当に今年中に終わらなくなります 今後も同様の怪しい表現が多々ありますがいちいち突っ込みません

 

書き直してみよう

 原文の情報を損なわないようにすると、このようになります 長いので読み飛ばしてくれても構いません

 

 サブカルチャーの担い手としての「アニメ・漫画・ライトノベル」が今後100年間続いていくために、私たちは何をすべきであろうか?

 

  2000年代、とりわけアニメ業界においては2010年代から現れた、「ソードアート・オンライン」などに代表される所謂「異世界もの作品」は、これまでの作品とは一線を画していたと言っても良いだろう。これらは共通して壮大かつ大胆な冒険譚でありながら、その世界観は細やかに描かれており、また物語の中で明らかになる現実離れした価値観や、キャラクターたちの素朴な魅力も特徴の1つである。これらに特徴づけられる「異世界」という世界は、瞬く間にアニメの視聴者たちを虜にした。

 

  故に、異世界ものの出現とは、当時比較的多かった「学園ハーレムラブコメディー」や「現代ファンタジー」といったジャンルに慣れ親しんでいた日本のアニメ視聴者層にとっては衝撃的であり、また彼らの嗜好を十分に変化させうる、大きな出来事であったと言える。

 

 当エッセイ(あるいは私の論文というべきか?)は、このように「異世界もの作品の出現が、その後のアニメ業界の流れやアニメ視聴者の嗜好を変化させた」という前提に基づき、異世界もの作品が共通して持つ特徴及び問題点を挙げ、またその問題点の解決のために自分自身、またサブカルチャーに関わる全ての人間が今後どうあるべきかについて述べていこうと思う。

 サブカルチャーの未来に関わる内容である以上、今後それらの創作活動を行っていく「創作人」の方々には、どうか読んで頂きたい。

 

真面目な解説

 「文字数が倍になってんじゃねえかよボケナス」と思われそうですが、これは「序文」の基礎の基礎を反映したものになっています

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 序文とは、「私はこれからこういうことを喋ります」という軽い説明、いわば「論文の地図」で、これを抜くと読者は何の話をされるのか全く分からんまま長ったらしい話を聞くことになります

 

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 なので、話の流れを明確にすることで読者の意識を引くことが重要になるんですね

 あと、話をする上で前提となる最低限の知識も与えておくといいです(この場合は異世界って何って話ですね)この文章自体は「小説家になろう」上に投稿されてるんで「異世界って何よ?」なんてアホな人間いないと思うんですが、皆がみんなそのジャンルに詳しいわけではないので  

 

 屋鳥先生が自らの文章を「論述文」としている以上、序文は大切にしましょう(論述文の大原則です)

 誰もあなたの文章を脳みそフル回転させてまで読みはしません。多少長くなっても文章全体の流れを明確にしましょう。

 

要約してみよう

 とはいえさっきの文章だとあまりにも長すぎるのでエッセンスだけ抽出してまとめるとこうなりました

 

 2010年代、今までとは全く違う世界観・価値観を描いた「異世界もの」アニメは日本のアニメ文化、またその視聴者に大きな影響と変化をもたらした。これらの作品はどのような特徴を持ち、またどのような問題点を抱えているのだろうか。ここに、新たな「異世界」創作の在り方を提案する。

 

 多分元の文章から情報量は減ってないし、伝えたいことは伝えた上で序文として機能させられたと思います

 

次回予告

 1本目の「シュ旨」について同様にやっていきたいです

 …趣旨?

 

 そう、まだこの文章本論まで達してなかったんです…

 

 重ね重ねにはなりますが、このままだと過労でぶっ倒れるのでどうかこの企画を応援して僕にモチベーションを下さい

 

読書の秋だ!「異世界終末宣言」を読もうのコーナー①

 身内ネタかつ自己満ネタです

 

そもそも何をする企画なの

 ありがたいことにこのブログも総アクセス数1000回を突破したそうで、更新のモチベも3月~8月の空白期間に比べて俄然上がっている状況でございます

 

 しかし、記事を書いているとこんなことを思うわけです

「こんな長ったらしい文章ちゃんと読んでもらえるんかね?」

 先日の飛田レポなんかは4000文字オーバーで、多少長すぎなんじゃないかと思いながら文章と格闘したりしてました

 

 そこで、今回は逆に「まとまりの無い文章」を読み込むことで文章をまとめる練習をしていくと共に、気付いた点を挙げていこうと思います

 

今回のテキスト

https://ncode.syosetu.com/n1493fy/

↑追記 消えてたのでミラー貼っておきます 

https://hyper-shioki-bonus.hatenablog.com/entry/2011/01/01/000000 

 屋鳥吾更先生の「異世界終末宣言」(約13000文字)です この先このテキストを中心に展開していくのでとりあえず無理のない範囲で読んでみて下さい 最初にこれを友達から渡された時マジで絶句しました 長いし何言ってるか分かんないし自己陶酔激しいなこいつとか思ってしまいました

 

 それでも何とかこの文章を読んでみると、結局は「異世界ものって結局抑圧された少年が俺TUEEE見てストレス発散するためだよね」「もうそういうテンプレ世界観お腹いっぱいなんだよね」「俺はそういうテンプレを破壊するぞ」この100文字程度で要約される内容を作者の自己陶酔・自分語りマシマシで130倍に増幅してたのが分かりました

 

 内容が既にネットで1億回は擦られてるなろう批判のテンプレなのは置いておいて、「一目見ただけで読む気が失せる文章」ってのはもう文章としては失格だと僕は思ってます 公開している以上、文章は読んでもらうために存在してるので

 

 そこで、屋鳥先生の名誉のために、この長文をできるだけ元の文章のニュアンスを損なわないように気を付けつつ「読んで意味が理解できる文章」に直していきたいと思います 

 要は添削ですね 彼は自分の作品を出版・ひいてはアニメ化しようとしているらしいので、今後出版社がすることになる作業を代わりにやってあげようじゃないかという魂胆です

 

 次回はとりあえず添削した後の文章を載せ、その後原文のどこが問題なのかを挙げていきたいと思います

 

おまけ

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www.amazon.co.jp 今回のサムネイル用の画像です 僕は日本語の読み書きの能力の9割を中学時代に読んだゼロの使い魔涼宮ハルヒの憂鬱に依存しています 屋鳥先生が言及してる異世界ものラノベのご先祖様にあたる、それでいて割と面白い作品なのでぜひ読んでみて下さい ちなみに最終巻読んでません